渋谷すばる

『型破りエピソード 関ジャニ脱退発表の渋谷すばるが起こした“ろう城事件”』 ~ みんなの感想まとめ

 音楽活動に専念するために、関ジャニ∞を脱退、今年大みそかにジャニーズ事務所を退所する渋谷すばる。唐突すぎる発表にエイター(関ジャニファンの呼称)はパニック状態だ。今年は1月から、関ジャニと同じ紅白歌手であるももいろクローバーZから有安杏果が卒業して、乃木坂46・生駒里奈も卒業を発表。ドームクラスのコンサート会場を満員にできるトップアイドルが、相次いで衝撃決断を下している。

 そんな渋谷は、15歳で入所。地元・関西から上京後は、都内・六本木にあった合宿所で共同生活を送っていた。同じく関西出身の先輩であるKinKi Kids、V6・岡田准一も、一度は身を寄せた場所である。彼らが、家族以外の人間とひとつ屋根の下で寝食をともにするのは、この寮生活が初めて。慣れるまでに、とんでもない行動を起こしたのが渋谷だった。

 ジャニーズJr.時代は、「東のタッキー(滝沢秀明)、西のすばる」と注目を浴びた渋谷だったが、人一倍神経質で、ガラスのハートの持ち主。入寮後は、同じ思春期の男子との生活になじめず、浴室の鍵を内側から施錠。何時間も、ひきこもってしまった。

 わがまま行動によって、風呂待ちのJr.が大渋滞。多大な迷惑をかかけたが、当の本人には反省の色が見られなかったという。ちなみに、ろう城した理由は、「唯一ひとりになれる時間だった」から。Jr.がいかに窮屈な毎日を強いられていたかがわかる証明といえよう。

 成長過程の少年は不慣れな共同生活によって、かならず一度はメンタルバランスを崩してしまうのか。その合宿所では、関ジャニの2世代先輩にあたるKinKi・堂本光一もろう城事件を起こしていた。彼の場合は、浴室ではなく部屋だ。ジャニー喜多川社長からの寵愛を受けていた証拠か、光一の場合はVIP待遇というべく、ひとり部屋が与えられていた。恵まれた環境だ。それでも本人は、より外部との接触と遮断しようと必死だったようだ。

 関ジャニ・横山裕が明かしたところによると、Jr.のストレスのひとつは、寮の食事にもあったようだ。2部屋を6人でシェアしていたころ、朝食はフレンチトーストが2枚だけという日もあった。育ちざかりの男子には、ひどすぎる惨状だ。だからといって、買い食いを繰り返せるほどのお小遣いはない。そのうっ積が、渋谷を風呂場に、光一を自室にこもらせたのかもしれない。

 そんな10代を経て36歳になった渋谷。デリケートすぎる性格だが、今後の海外生活は大丈夫?

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アイドルらしからぬ姿も…ジャニーズ退所、渋谷すばるのジレンマ(日本ソフトボール協会、高橋英樹、徳島市阿波おどり)

 15日、記者会見で関ジャニ∞を脱退することを発表した渋谷すばる。療養中の安田章大を除いたメンバー6人が登壇した会見では、それぞれが真摯に率直な気持ちを述べた。今後、「音楽を追求していきたい」という渋谷だが、これまで関ジャニ∞のメインボーカルとして、グループの音楽活動を牽引してきたのもまた、渋谷である。ソロデビューした際も、1人でステージに立ち「関ジャニ∞っていうアイドルやってます」とあいさつしていた渋谷。大阪時代から強い絆で結ばれ、いまや国民的グループとなった関ジャニ∞とって、渋谷はどんな存在だったのか。彼らの道のりを振り返りながら、今回の決断について考える。

◆ロック好きの渋谷の影響強く、音楽を柱とした関ジャニ∞は実績を上げた

 関ジャニ∞というとコミカルソングをイメージする人も多いかもしれないが、渋谷は早い段階からロック好きを公言し、グループのバンド歴も長い。ジャニーズJr.時代から渋谷をボーカルとしたバンドを組み、関ジャニ∞のライブでもほぼ毎回、全員で演奏。渋谷自身、「音楽に対する思いをちゃんと持っているところが関ジャニ∞の武器」(エンタテイメント誌『オリ★スタ』より)と、並々ならぬ想いを抱いていたことをうかがわせる。バンドでは、錦戸亮と安田章大がギター、丸山隆平はベース、大倉忠義がドラムを担当。当初は演奏できなかった村上信五と横山裕も練習を重ね、それぞれキーボード、パーカッションとトランペットをライブで披露するまでに。村上は楽器を始めたころの心境を「みんなの歌や演奏を聴いてすごいと思う。バンドもやらんわけにはいかんかな、と」(同)と語り、渋谷ら音楽志向の強いメンバーの影響が強かったことが感じられる。

 今回の会見でも、「関ジャニ∞として活動していく中で、自分の音楽を軸に大きくしていけるように活動してきたつもり」と回想していた渋谷。そんな彼の音楽への情熱は、こうしてメンバーたちへも波及し、関ジャニ∞の方向性の支柱にもなった。ライブを重視する彼らは、2007年には事務所に直談判してジャニーズ初の『47都道府県ツアー』を5ヶ月かけて敢行。2010年には、バンド演奏する曲「LIFE~目の前の向こうへ~」が初めてシングルのタイトル曲となり、音楽番組でも披露された。昨年は野外フェスにも出場し、関ジャニ∞のバンド力を見せつけたことも記憶に新しい。6年連続5大ドームツアー、さらにライブ映像を中心とした「DVD&Blu-ray Disc同時首位連続獲得作品数」が歴代1位(10作・オリコン調べ)と、セールス的にも実績を上げている。これらのことからもわかるとおり、関ジャニ∞の音楽、ライブを重視する方向性はしっかりと身を結んできたのである。

◆ソロのステージでも「関ジャニ∞っていうアイドルグループやってます」

 デビュー当初こそ、個人でやりたいことがあるというような発言もあった彼だが、2012年に関ジャニ∞が8周年を迎えた際には、「今は個人でどうこうはない。いろんなことを経験して、関ジャニ∞としてのプライドもあるし、グループとしても絶対負けたくない」と語っていた。2014年、ソロで出演した『テレビ朝日ドリームフェスティバル2014』では自分の名前を名乗らず、観客の前で「関ジャニ∞っていうアイドルグループやってます」とあいさつ。『味園ユニバース』で訪れたロッテルダム国際映画祭では、関ジャニ∞のTシャツを着用して出席するなど、ソロで活動しながらも、彼のグループ愛は人一倍強かったのだ。

 その気持ちは、「関ジャニ∞は間違いなく自分の中で一番大切で大きな存在。家族より長い時間をともに過ごしてきた人たち」と、今も変わらない。だがそれだけに、「命がけで取り組んできた経験があるからこそ、今回の決断には心からの感謝を送るとともに、申し訳ない気持ちでいっぱいです」と、メンバーたちへの想いは一方ならぬものがあるようだった。

◆ロックで不器用な男の葛藤、前を向こうとするメンバーたち

 それほどのグループ愛がある渋谷だが、信念が強く、ある意味不器用な“ロックな男”であることも事実。一時期はロングヘアにしたり、ヒゲを生やしたりとアイドルらしからぬ姿になったこともあった。2011年には「結局のところ、歌しかできへん」と、自分自身を分析している。また、2014年に関ジャニ∞が新レーベルを設立した際には、「なんでもやると思うなよ!と言える強さも必要。わがままのように聞こえるかもしれないけど、そういうこだわりをもった僕みたいなやつが1人ぐらいいてもいいのかな」(ともに『オリ★スタ』より)と、彼らしい発言もしている。

 今回、「脱退を考え始めたのは35歳を過ぎたあたりから」と明かした渋谷。音楽への愛と、関ジャニ∞への愛の狭間で、大きな葛藤もあっただろう。若いころの勢いとは違う、様々なことを経験してきた彼自身が考えぬいた結果が、今回の決断なのだ。

 36歳にして、音楽を追求する道を掲げ、1人で切り開く覚悟をした。村上信五が、「最初は『なんでや、嫌や』しかなかった。でも腹をくくってるのは目を見ればわかった」と語ったとおり、会見中もずっと決意に満ちた目で発言していたのが印象的だった。

 錦戸は、きょうを「門出」と称し、丸山隆平と大倉忠義も渋谷の決断を認め、それでも「好きだ、嫌いになれない」と発言。横山も、「僕たちも下を向いていたらいけないと本当に思いました」と、それぞれが前を向こうとしている。個人として音楽を極めようとする渋谷と、渋谷が抜けた6人の道を模索する関ジャニ∞と。道は違えど、これまで築いた絆は変わらない。彼らが踏み出す新たな一歩、生み出す音楽に期待したいと思う。
(文:今 泉)

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関ジャニ∞から渋谷すばるが脱退、夏のドームツアーは6人体制で 《人生、理由、コメント》

関ジャニ∞の渋谷すばるがグループから脱退し、所属するジャニーズ事務所からも退所することを発表した。

渋谷はファンクラブ会員向けに発表したコメントの中で、脱退および退所の理由について今後の人生を音楽で全うし、海外で音楽を学ぶためと説明。また残るメンバーもコメントを発表し、渋谷の固い決意を尊重したことを明かしている。

関ジャニ∞は5月30日にベストアルバム「GR8EST」をリリース。7月15日より全国5大ドームツアー「関ジャニ’sエイターテインメント GR8EST」を開催するが、このツアーには渋谷は参加せず、6人体制でのライブが行われる。

渋谷は関ジャニ∞のメンバーとして2004年にCDデビュー。2015年2月には自身の主演映画「味園ユニバース」の主題歌シングル「記憶 / ココロオドレバ」でソロデビューを果たし、同年および2016年に全国ソロツアーを開催した。

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